うさぎの桃
 
不思議なうさぎ桃がくれた宝物
 

 

うさぎさんを飼ったこと、ありますか?
実は、桃姫というのは、私達が初めて育てたうさぎ、桃のことなのです。
飼ったことのない方には、うさぎがワンコやにゃんこ並みになつくなんて、ちょっと信じがたいと思われるかもしれません。でも、一度でも家族として暮らしたことのある方なら、う〜さんが自分の名前を覚えたり、人の後を付いてまわったり、甘えたりすねたり怒ったり...どんなに喜怒哀楽に満ちた感情を持っているか、よくご存知ですよね。
今、私達を支えてくれている、桃の弟達も、とても豊かな心を持った、良い子達です。
けれど、桃は普通のうさぎとは、やっぱりどこか違っていました。
実家には、歴代ずっとワンコが居ます。思慮深く、人の気持ちを思いやって、癒しの行動をとれるワンコ達。桃は、むしろ犬に近いのかもしれません。いえ、もしかしたらワンコ以上に、人の気持ちに寄り添うことのできる力を持っていたのかも...。
私達は今でも、桃は神様がしばらくの間、私達に育てさせてくださった、神様のお使いだった気がしてならないのです...。

 

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〜prologue〜

 

1999年3月17日。
とあるペットショップに、小さな小さなうさぎさんが居ました。
体の大きさが2倍もあるお兄ちゃんお姉ちゃん達、十数匹に囲まれて、ご飯のお皿に近づくこともできず、独り隅っこでじっとしていました。
でも、よく見れば、その小さなうさぎさんは、凛とした瞳をまっすぐに上げて、実に堂々としているのです。まるで、うさぎのお姫様みたいな気高さで...
それが、私達と桃との出会い。
その頃、私達の一人は心を病み、一人は人生の谷間を彷徨っていました

 

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我が家にやってきた美しいお姫様は、桃の季節にちなんで「桃」と名付けられました。まだ離乳もできていず、牧草以外何も口にしない桃の為に、二人の母は必死で、育て方を模索しました。
減り続ける体重...風邪...抗生剤の注射...いつ失われてもおかしくはない小さな命は、それでも気丈に戦い続け、いつしかとびきり元気なおてんば姫に成長していました。
あまりの元気さに、片方の股関節を脱臼するという大ケガもしましたが、手術による死のリスクは何としても避けたいという母の選択に応えてくれるかのように、桃は自力でケガを克服。元通りにピョンピョン跳ね回る奇跡を見せてくれました。
大人になって、子宮の病気にかかった時も、心配する母達をよそに、摘出手術をしっかり乗り越えてみせました。

 

気丈な桃は、一方で、とても優しい子でした。
母の話を...良いことも悪いことも...いつまでも熱心に聞いてくれ、話が終わると、いたわるように母の手をなめてくれました。心を病んだ母の繰り言が、たとえ明け方にまで及んでも、桃は思慮深い瞳で何時間でも母を見つめ、話が終わるまで決して逸らそうとしませんでした。
二人の母が言い争えば、飛んで来て、二人の間に入ってごろんと横になりました。それは、“お尻をなでて”の合図なのです。誰も、温かく柔らかいものをなでながら、怒り続けることなどできやしません。ベルベットのようにしなやかな桃の体から、心地よい優しい波動が伝わって来て、烈火の感情が嘘のようにすーっと鎮まっていきます。そして、母達が仲直りをすれば、桃は褒めてくれるかのように、ご機嫌に周りを飛び回るのです。

 

気がつけば、一人は心の病から抜け出し、一人は心からの笑顔を取り戻していました。
桃は、人間が吐く毒を、優しさに変えて返してくれる、不思議なうさぎさんだったのです。
長い間優しい気持ちを忘れていた、歪んだ二人の人間。
病院での専門的な治療も、プロのカウンセラーのアドバイスも、どんな啓蒙書や癒しの言葉も救えなかった醜い心は、奇跡のようにあっさりと、桃姫の前に屈しました。
わずか体重1kgちょっとの小さな命の中には、宇宙より大きな愛の力が存在したのです。
桃が愛し方を教えてくれたから、我が家にはもう一人家族も増えました。しっかり者のお姉ちゃんと、おっとりくんの弟りゅうが、私達に、毎日元気を分けてくれます。
愛おしい命が、いつもそばにいてくれる...。
ただそれだけで、何気なく流れて行く毎日は、なんて幸せなんだろう...

 

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けれど....。
美しくて、気が強くて、優しくて、おてんばで、甘えん坊で、人の心を理解する桃が、うさぎさんの形をして私達のそばにいてくれたのは、わずか3年半のことでした。

 

それは、あっという間にやってきました。2日前まで元気に飛び回っていた桃は、原因もわからないまま、眠るように神様の元に旅立っていったのです。
うさぎに詳しい病院で、2ヶ月に一度は健康診断をうけ、体調には何も問題のなかった桃。朝ご飯を食べなかったのを心配して、通院し、わずか2日目の急変。桃は、ICUの中で、初めてペットショップで出逢った時のように、しっかりと顔をあげ、凛とした瞳で母を見つめていました。...そして、その1時間後、桃の心臓は打つのをやめました。
病院で、一人の母が桃を看取ったのと同じ時刻。りゅうが、家で帰りを待っていたもう一人の母に、スタンピングで姉の旅立ちを教えました。

 

病院から我が家に戻った桃は、いつもの桃とはまるで違った様子でした。
美しい桃に不似合いな土気色の顔を、母達は二晩なで続け、語りかけ続けました。2日目の朝、桃の顔には血の気が戻り、お耳や手の平はピンクに、口元には悪戯っぽい微笑みさえ浮かんで、いつもの美しいお姫様に戻っているのです。もしかしたら、そのまま起きあがってくるのではないかと、母達は願いました。
でも、次の朝、桃の顔はまた違っていました。子供っぽい表情は消え、慈愛に満ちたその優しい笑顔は、まるで観音様の微笑みのようです。
桃は、この二日、確かに私達のところに帰って来たのです。
悪戯っ子の笑顔で“哀しまないで。あたちは幸せだったよ”と、そして観音様の微笑みで“ずっと母さん達を見守っているよ”と。
桃を失って、気も狂わんばかりの弱い母達に、それを伝える為に、帰って来てくれたのです。

 

荼毘に付された桃の遺骨は、それは綺麗なピンク色でした。最期まで、美しい姫を貫いた桃。霊園の係の方が、“この子には、人間でいう「喉仏」の部分が綺麗に残っていますね、うさぎでは初めて見ました”と驚かれていました。
本当は...母さん達、桃を冷たい扉の向こう側に一人でやるのが不憫で、桃と一緒に炎の中に入って行こうって思ったんだ。せっかく桃が笑顔を見せに、我が家に帰ってきてくれたっていうのに、駄目な母さん達...。そのこと、桃にはばれちゃったのかな。
きっと桃は、愚かな母達の為に、もう一度奇跡を見せてくれたのでしょう。
やっぱり桃は神様のお使いだったんだ。そして、今また神様の元に還って、優しい優しい観音様になったんだね...。

 

桃が旅立ったこと、今まで生きてきて、一番苦しい出来事だったかもしれない。けれど、そこから救ってくれたのも、他ならぬ桃自身。
今がどんなに哀しくても、この出逢いを悔やんじゃいけない。出逢えたからこそ、私達は深く桃を愛し、深く桃に愛された。
毎日、毎日、本当に楽しかったよ...と、桃の声が聞こえてきます。

 

飼い主より先に旅立った動物達は、天国の一歩手前...“虹の橋”という楽園で、主人との再会を待つのだと聞いた事があります。一緒に天国の門をくぐるために。
桃は“虹の橋”でその日を待ちながら、時々頼りない母さん達が心配になって、観音様の微笑みで下界を覗いているのでしょうか。
桃、私達は絶対に天国にいけるような生き方をするよ。りゅうと一緒に頑張るよ。そして、この次逢った時は、二度と離さないからね。

 

桃が教えてくれたこと。
それは、心の絆は“永遠”だということ。
心から愛すれば、たくさんの贈り物をもらえること。
そして、本当の“幸せ”は、笑顔で何気なく過ぎていく日々の中にあるということ...。

 

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〜epilogue〜

 

桃の優しさは、弟のりゅうにしっかりと引き継がれ、りゅうはその明るさで母達を慰めてくれました。あの日、桃のいない家に母達がちゃんと戻って来れたのは、りゅうが居てくれたから。今、つくづくりゅうに感謝しています。
そして、今では、まりん・ラピスという二人の弟も増え、毎日が楽しく忙しく賑やかに流れて行きます。
店長さんが性別を間違えたり、ブリーダーさんの事情で嫁入り話が流れたり、ハプニング続きで、何故か結局男の子とばかりご縁があるのは、ひょっとして独占欲の強かった桃の仕業じゃないかって、母さん達は密かに思ってるんだ。
そう、桃は、いつまでも私達の大切な、たった一人のお姫様だからね。

 

今、桃は、うさ部屋の棚の上、桃の大好きなピンクのお花に囲まれて、桐の箱の中で眠っています。桃に話しかけると、肩越しに、観音様のまなざしにも似た、暖かい光が射してきます。
時々、お掃除の為に桐の箱を抱き上げると、箱がほんのりと温かいのは、きっとまた桃がいたずらしてるのでしょう...。
私達に数々の宝物をくれた、不思議なうさぎ。
桃、ありがとう。ずっとずっと愛してるよ...

 

2004 5.20記